愛犬逝く

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    長谷川美樹のブログです。

    昨日の夜まで元気にしていたのに、今朝起きたら(二匹居るうちの8年目の方の)愛犬が死んでいました。
    息子たちも私もショックで朝から食事も出来ない状態です。

    昨日の昼、私が出掛け際に二匹の犬エリアを覗くと、寒いだろうからと犬小屋の中へ入れた敷物をわざわざ外へ出し、寒そうにその上に居る彼が居たので、「今日は東京も珍しく朝から雪なんだから!」と、小屋に入れと散々やりとりしていたばかりなのに。
    夕方もエサを食べて長男と元気に散歩していたのに…。

    昨夜、私がまた原因不明な腹部激痛が急に始まり、救急で運ばれるのではないか?と思うくらいだったのですが、その頃一番彼も痛かったのかもしれません。

    年末近くから、左後ろ足の裏の肉球と爪の間から血が出ていて病院へみせたところ、コンクリートの上の散歩が原因では?と、止血や肉球が割れないように保護クリームを貰い、近所の草がある散歩コースまで次男が抱っこして朝は散歩をしていました。
    傷は直ぐ治ったものの、これまでコンクリートの上の散歩でも平気だったのに、人間なら老化で足のかかとが固くなりヒビ割れて痛いのと同じ?…、私たちが思っている以上に、見た目より老化しているのかもしれない…と思っていた矢先でした。

    また、普段は遠慮がちな彼がこのところやたら甘えてよく鳴いていました。
    この二週間ほど、元気に食べるし、足が痛くないの?と思うくらい元気に散歩もいくのですが、やたら痩せていく印象でもありました。
    老化もさる事ながら、癌など分かりにくい疾患があり免疫力が低下して肉球炎症にもなっていたのかもしれません…。
    よく鳴くことを、年を取り甘えたい年になったのかな〜?(笑)と、笑って次男と話していただけに、口がきけないって、やはり可哀想です。

    寿命の関係で先に亡くなるのは仕方無い事ですが、人と同じで居るべき所に姿が亡くなるのは悲しいです。
    皆に見送って貰える様休みの日に亡くなったのかも知れません。

    今日の夕方からペットの葬儀やさんが来てくれ、その場で火葬し骨をパウダー状にまでして返してくれ、希望なら祭壇まで作ってお別れ式をさせてくれるそうです。
    近年ニュースになっているような、悪質なペット業者が供養したと嘘を付き高額な費用を貰っておきながら、死骸は山の中へ投げ捨てていたり…という事がないよう、また、骨も庭の土に還したり一緒に行った川や海や散歩コースに少しまいたりすることが出来るように…という配慮から、そこまで細かくしてくれるそうです。
    飼い主が全てを見届けられる工夫なのでしょう。

    色んな意味で彼には詫びの言葉しか浮かばない私です。
    長男は泣き通しに何時間も泣いた後、具合が悪くなり熱を計り寝込んでいます。
    次男は、この反省を生かすべく、自分の犬のために噛みついても破れない頑丈な湯タンポを買いに出掛けました。

    冥福を祈ります。
    ありがとうGちゃん……。
    d-sharp * 携帯 * 13:34 * comments(0) * trackbacks(0) * ログピに投稿する

    役目を通り過ぎても

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      D#長谷川美樹のブログです。

      息子達の学校へ行く度に、親友や兄からの話を聞く度に、公立の“先生”という職業/役割の中では、子ども達とその親の数を考えただけでも苦労も多く、日々大変な役割を果たしていると感じる。

      今、現場では、その名の付く役目を果たせない人たちも多くいる中で、私の恩師(小学校一年生の時の担任)は、その現場引退後も区の中で大きな役割を担っていた。
      昔の女性で、その地位を築き上げることは並大抵ではなかったと思う。

      恩師は、現場や仕事としての役目/肩書きからの“先生”という呼称ではなく、人として心から“師”と呼べる人間だ。
      この40年間(本人特に何も語らずとも)様々な場面からそれを伝えてくれる。

      その様な先生に小学校一年で出会えた私はとてもラッキーだし、先生のことが大好きだったから、大好きな先生の期待に応えたい!と、色々張り切った。
      この出会いによる自分を大切にしていきたいと成長する度に感じたものだ。

      恩師とは到底、人としての基盤が違い過ぎることは百も承知の上だが、その優しさ・厳しさ・気配り・温かさ…すべてを、私の目標にしたいと思っている。
      恩師は文字どおり、先を生きている人であり、生きているだけでお手本のように様々な事を教えられるような、そんな年の取り方を私も目指したい。

      去年父が亡くなったので、静かな正月を実家で迎えながら、この恩師と出会い初めて年賀状を送れない年になったこと、又それを先に察した恩師から日頃同様に達筆な筆文字で、年末には数枚に亘るお手紙を下さったことを話していた。
      「そうして今もなお、一人の生徒とずっと向き合える…面倒見の良い・器の広い・人としての基に余裕のある姿を、日々多々忙殺されているだけの自分の至らなさに置き換え、省みて見習いたい。」と、皆が口々に言っていた。(私も同感です。)

      この恩師は、常に厳しく優しく温かい…。
      そう、この恩師のように母や妻や(先生)社長としての役目/役割を通り越した、厳しさ優しさ温かさを備えた人間にならなくては……。
      d-sharp * 携帯 * 12:49 * comments(0) * trackbacks(0) * ログピに投稿する

      人気記事ランキングを設置

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        D#長谷川美樹のブログです。

        以前は、管理画面からページ毎のアクセス数が分かったのに、システム変更がされてからそれらが分からなくなり、とてもガッカリしてました。

        しかし、PCサイトでこのブログをご覧頂くと分かるのですが、右側・広告帯部分のQRコード部分上段へ“人気記事ランキング”というものを先週設置してもらいました。

        (残念ながら、携帯からは今までと何ら表示変更も見られず、また携帯でのアクセス数はカウントされないようです。…友人などは携帯からアクセスしてくれているので、それが反映されないのはとても残念!)

        携帯版も出来るといいなあ〜♪
        d-sharp * 携帯 * 23:10 * comments(0) * trackbacks(0) * ログピに投稿する

        やはり手書き?

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          D#長谷川美樹のブログです。

          今、誤操作により、ブログネタを書きためていたページの残り半分くらいを消してしまった…アイタタタ。

          こういった意味からも、感受性が高く長生する意味からも(苦笑)、今年のポエムは初心に戻り手書きで残そう!と決めた。(笑)

          全てがデジタル化されつつある今、日記や一言手帳や俳句などは、手書きで書いてはいかがだろうか?
          記録として目で見えて残るばかりでなく、紙が古くなっていく感じや文字から伝わる感情などが良い。

          更にペンや筆を握って書く(描く)という動作は、普段使わない脳の部分を沢山刺激して感覚や身体に良いばかりでなく、状況の捉え方まで変わってくるというデータが出ているそうだ。

          ぜひ、一日一回、一行で良いから、生活の中へ手書き部分を取り入れてみよう。
          d-sharp * 携帯 * 13:45 * comments(0) * trackbacks(0) * ログピに投稿する

          感受性を磨き長生きする

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            D#長谷川美樹のブログです。

            前回の感受性研き=体験・体感することが良い…の話から、小さい子どもを持つ親や小さい孫のいる祖父母なら、その子どもを使わない手はない。
            子どもと一緒に遊び・体感・体験し、少しの時間でも子どもの気持ちに戻ることが出来れば、かなり色々な能力が磨かれていることになる。

            そうそう!この遊びが好きだった♪、子どもの頃からコレは良く頑張って来た!…などと、自分自身を誉めたくなる場面や特性に改めて気付く時もあるだろう。
            また逆に、急に大人であったかのような態度(さも生まれた時から知っていたかのような、偉そうな物言い)をしている自分や周りの大人達を、恥ずかしいと感じたりすることもあるだろう。

            そして、何より一緒の時を楽しんで過ごす親や祖父母を見て、子どもや孫も楽しい気持ちになっている。
            楽しそうにしている親や祖父母と過ごすことが子どもにとって何より嬉しく、その時に感じ得た体験(キラキラ輝くような親や祖父母の笑顔や、一緒に見たり聞いたりやったりしたその光景)は、子どもたちにとって一生の財産になることは間違いない。
            私たちも、普段と違う場面へ本気で遊ぶ、普段使わない部分を使い体感をする事で、感受性ばかりか身体も鍛えられているのだから、お互いにメリットばかりの時間である。

            そういう意味では、人間は前を向いて歩く事が断然多いが、後ろ向きに歩く画家やカメラマンが長生きなのもうなずける。
            子どもや孫が居なくても、こうした趣味はいくらでも持てる。
            絵を描く、写真を撮る、土をいじる、釣りをする、筆を持つ…等、大人になった自分を忘れて、週に一回・短い時間で良いから小学校一年生のような気持ちになり、楽しみながら本気で取り組むのだ。
            感受性が高く長生き出来るのなら、人生は何倍楽しいか分からない。
            d-sharp * 携帯 * 13:28 * comments(0) * trackbacks(0) * ログピに投稿する

            大人も「モノより思い出」

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              D#長谷川美樹のブログです。

              経験値と感受性の話から、その後も色々考えている。
              想像力や感受性を磨くために最善な方法を突き詰めて考えると…やはり、子ども時代からモノより思い出(体験)のようである。

              大人であっても、室内でテレビドラマを見たりゲームやネットサーフィンをするより、園芸などの小さな動作でも外気・土・植物等の自然に触れたり、散歩がてら景色を眺めて視界から情報を得たり、古書店へ立ち寄ったら懐かしい映画のポスターを発見した/バーゲン会場に偶然出会した等の予期せぬ場面に色々と遭遇してみたり、四季の移り変わりや気温を肌で感じたり…そういった体感をすることが良いようだ。
              ほんの少しの外遊びで様々な面へ違いが出てくるという。

              それは、室内に居ては得られない体感による様々な刺激が、脳の活性化へ変化をもたらし分泌されるホルモンの種類も変えるようだ。
              また、予想外のアクシデントでも起ころうものなら、感性やコミュニケーション能力を高めるのにもってこいらしい。

              アクシデントやトラブルでもゲームやパソコンのトラブルといったものは、ある程度想定した範囲内のトラブルでありマニュアル化もされている。
              しかし、それらとは別のところ(=想定外のところ)にあるトラブルへ対処するには、尋ねる/話す・聞く等の必要最低限のコミュニケーションも使うことになる。
              コミュニケーション能力が高まれば、その場の状況に沿った対応力も身に付いていく。

              確かに、外へ出て散歩をする動作一つをとってみても、足を動かして歩くのだから身体に良いことは言うまでもない。
              加えて脳の活性化にも良く、さらにコミュニケーション能力や対応力も磨かれ感受性も高めるというのだから、ウォーキングだけでも一石二鳥以上のものがある!というものだ。

              子どもに限らず、大人も「モノより思い出」から、沢山のものを得るのだ。
              それには先ず身体を動かす、動き出してみることから始めてみよう。
              体感や感受性を研く以上の健やかな毎日がそこにある。
              d-sharp * 携帯 * 11:46 * comments(0) * trackbacks(0) * ログピに投稿する

              おめでとう!

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                D#長谷川美樹のブログです。

                就職おめでとうございます!

                お返事が大変遅くなってしまいました。
                秋から年末にかけて、元障害者クラス(5年前〜直近の夏まで数々のクラス)の方々から、次々と就職が決まったご連絡を頂いておりました。

                何年経っても忘れずにキチンとご連絡を下さり感謝申し上げます。
                弊社スタッフ一同・関わらせて頂いたことをとても嬉しく思っています。

                また、今年も元旦から年賀メールを下さった障害者クラスの皆様、いつも忘れずにいて頂けること。そして、ご自身の体調も優れない中、私の体調まで気遣って下さる温かさがとても身にしみ嬉しくなります。(免疫力が上がります!)

                前進したり後退したり、体調が一気に良くならず焦る時がお互いにありますね。
                試行錯誤しながらでも、少しずつでも、一日一日を大切に明るく、自分に合った方法を見つけて焦らずに行きましょうね。

                嬉しい報告や連絡&おめでとうメールを、ありがとうございました。
                d-sharp * 携帯 * 01:54 * comments(0) * trackbacks(0) * ログピに投稿する

                謹賀新年・H24_ 辰年の目標

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                  D#長谷川美樹のブログです。

                  去年は年明け間もなくから、例年にない“暴れ卯”の年でした。
                  震災に台風に洪水…と、世界中が落ち着かず大変な年であったと思います。

                  個人的にも自分自身の体調不良に加え、父の死、伯父・伯母の死、身近でお世話になった方々の死が次々重なりました。
                  あまりの気忙しさと次々襲って来る悲しみに、12月は年度末の感覚が殆ど無く、まだ半年ほどしか経っていないような錯覚を起こしたほどです。

                  気忙しいと、普通は時間経過が早く感じるもの…しかし、忙しいのに時が止まったかのように遅く遅く感じた方々が世界中にどれほど居たか知れません。
                  世の中に起こる全てが、哀しみ以上の衝撃と痛みで覆い尽され、絶え間無く続くその痛みが日に日に増すように感じた一年でした。
                  哀しみは、この衝撃と痛みが少しずつ回復に差し掛かった時、改めて実感するのかもしれません…。

                  その哀しみへ立ち向かう為にも、これまでの全てを振り返り、今年・平成24年(2012年)辰年の目標は『整調』としました。

                  元々、漢書で辰は“振”が元の“ふるう”“ととのう”の意味を示し、草木の形が整った状態を表しているとされています。
                  少しずつ世界中が整う(調う)状態になりますよう、心から祈念致します。

                  そして、『整調』は、体調をととのえる意味があります。
                  個人的には、自己格闘を度々伴うことと思いますが、心身ともに冷静かつ穏やかに整う(調う)年にしたいと思っています。

                  本年も何卒よろしくお願い申し上げます。
                  d-sharp * 携帯 * 03:16 * comments(0) * trackbacks(0) * ログピに投稿する

                  経験値が感性を磨く

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                    D#長谷川美樹のブログです。

                    経験値の違いから、同じ言葉を使っていても、それぞれの尺度や想像出来るものが違ってくる。
                    確かに、ジェネレーションギャップや男女差やお国柄による違いなどは、正直埋めにくい部分がある。
                    しかし、お互いの思いを感じ取りたい!という気持ちが、分かり合える部分をより広く築いていくのではないのだろうか?

                    そこを、最初から諦めてしまったり、慣れたら慣れたでその関係からお互いが手抜きをしたり、言わなくても分かるだろうと考えたり、度を越した甘えをしてみたり…。端から何もしてみないことは論外、また過ぎたるは及ばざるが如し、そして、親しき仲にも礼儀あり、これらを飛び越えては対人はままならない。

                    いずれにせよ、本当の意味で自分自身(各自)が自立していなくては、口先だけの共存理解(=理解したつもり)にしかならないだろう。
                    “自立する”ことも“理解すること”も、共通して何より経験を伴うことだ。
                    必要最低限の経験をすっ飛ばしていては、“(身をもって)理解をする”どころか“理解しようとする気持ち”にすら至らない。
                    「経験」が、「感じ取ること」「考えること」を与えてくれるのである。

                    喜びも悲しみも全てを含めて、怖れることなく経験値を磨こう。
                    人間に生まれたことの感性を周りに生かせる人になろう。
                    d-sharp * 携帯 * 23:56 * comments(0) * trackbacks(0) * ログピに投稿する

                    無言の確認

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                      D#長谷川美樹のブログです。

                      学生時代の卒業式にありがちな光景で、“卒業しても友達でいようね?”と、確認し合う相手がいる。
                      が、大概こういった相手とは口先だけの約束となってしまい、結局大人になってから付き合ってはいないことを皆実感している。

                      本当に親友と呼べるべき相手には、最後の最後で確認やお願いなどしなくても、これまで一緒に過ごした日々の中で既に無言の確認が沢山とれている。
                      また、暫く会わずとも思い出の中でお互いが生き続けているから、何故か久しぶりに会ったにも関わらず、これまで以上の強い絆で結ばれていることを、お互いの話の間合いや沈黙の中で、更に強く確認出来たり感じ合えたりするものだ。

                      違う環境に居ても、見えない場面でも、相手も同じように成長していると信じていられる…こうした信頼関係は、これまで一緒に過ごした時間の中で、相手の言動やお互いのやり取りが育んで来たことは言うまでもないが、それ以外にもお互いを大切にしたい自分(それぞれ)の見えない気持ちが築いている部分が大きい。

                      大切な相手へ、ちゃんと自分の思いが伝わったかどうか?…大切にしたい相手であればあるほど誤解して受け止めてほしくないし、誤解もされたくない。
                      そんな心配の一つもするから、表現も考えるし言葉一つでも大切に使うのだろう。

                      それは気を遣っているのではなく、大切な相手と自分のために気を利かせているだけだ。だから無理なく自然に出来るのである。
                      そういった小さな一つ一つの思い遣りをお互いに感じる事が出来るから、お互いにいつまでも大切な存在で居られるし無言の確認も取り合える。
                      これは、友人に限らず、兄弟や親子、上司・部下・同僚、男女……どんな関係にも言えることだと思う。


                      学生の皆なら、新年を迎える明日から卒業式までの三ヶ月間を大切に過ごしてほしい。
                      つまらないメールを送りあう事が、今繋がっているわけではない事に気付こう。

                      毎日顔を合わせるほんの少しの間でも、心をこめた言動に気を付けて会話をしてみよう。何より自分が変わっていくことに気付くはずだ。

                      卒業式にわざわざ確認しあわなくても、将来自分たちは同じように成長している!、今、彼(彼女)も頑張っている!と、見えない場所でも感じ合える相手、チャット状態で始終メールを飛ばし合わなくても、“今繋がっている”と、感じ合える相手を自分の中へ築き共に成長していこう。

                      ただ通り過ぎて行くだけの相手にこそ、不必要な確認作業が必要以上に必要になったりするものだ。
                      そんな時間は今年(今日)で終わりにしよう。
                      d-sharp * 携帯 * 13:49 * comments(0) * trackbacks(0) * ログピに投稿する
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